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廃れゆく部屋

皆さん、廃でお会いしましょう


"廃れゆく島" posts

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嗚呼、上水島の精錬所~後篇~

さて、後篇ズラ。


まだ前篇を読んでない人は前篇を先に読んでくださいまし。





神社を後にした僕らは山を降りる途中でひらけた場所を見つけた。





kami29.jpg


画像では判りづらいと思うけど無数の加工された石や煉瓦があり、ここら辺から住居跡になるのだと判った。

しかし実際には精錬所の北東部の一部にも住居エリアは存在したらしい。




kami30.jpg


島の東側の草原にいる。

当時はここに無数の住居群があり前篇でも書いたが63戸286人が生活していた。

この島の住人はどんな生活をしていたのだろうか。



kami31.jpg


たとえば娯楽と言えば年に一度の鞴(ふいご)祭りにはお芝居を観たりもしていた。

これは大正2年の写真で「水島大根一座」という集団が来ていたらしい。

老若男女がところ狭しと座っている。

煙草を吹かす人、子供を背負う人、カメラマンに笑顔を向ける人など様々。

従業員やその家族みんなが集まっている姿を写真で見ているとなんだか家族的な雰囲気を感じる。

精錬所が始まった明治後期に学校が建てられた時はまだごく小規模な寺子屋式の建物だった。

のちに生徒数の増加に伴い、前篇にも出てきたがあの石垣のある山の頂上に新しい学校が出来た。

その時不要となった寺子屋式の学校が後にこの写真の芝居小屋となった。

その他には、魚釣り、運動会、盆踊りなどで島は盛り上がった。






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ここで僕らはお昼ご飯を食べた。

百年前も住民はここで海を眺めながらご飯を食べたのかもしれない。

ちなみにカップヌードルはカレー派です。




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海岸沿いを北に向かって歩いてみた。

当時、精錬所から住居エリアに向かうのにいちいち山を超えなければならず、それは面倒くせぇということで

トンネルを掘ったのだとか。

僕らはそのトンネルを探そうとしていた。






かみちず



トンネルは精錬所から東に向けて掘られた。

資料によればこのトンネルは長さ200メートルほどで少し「くの字」に曲がっていた。

大きなものではなく道幅も1メートルか1メートル半ほどであったらしい。

当時であれば住宅エリアからトンネルのある場所まで海岸沿いにあった木製の歩道で行けたはずだけどとっくに流されて無くなってしまっている。







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仕方がないので僕らはもう一度山に登り精錬所エリアからトンネルを探してみた。

途中、沢山の精錬所の遺構が見つかった。







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明治末期の話だと思うが、この鈴木精錬所の労働時間は大体午前6時から午後6時までだった。

日給は普通常用で男が44銭、女性が20銭ほど。

ちなみに当時の米の価格が一升(約1.5kg)で30銭だった。







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下部がカラミ煉瓦、アーチ部が普通の煉瓦で造られている。

大正時代の繁栄時には溶鉱炉はフル操業をしていた。






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お、これはなんだ。

煙道だろうか? 位置的にも穴の方向を考えても例のトンネルではないようだ。


恥の多い生涯を送ってきた僕は、穴があったら入りたいと思っていたので入ってみることに。





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うわーん、暗いよ狭いよ怖いよー(面堂終太郎)。

しかし僕は進まなければなるまい。

そしてこの先に何があるのか、この目でしかと見届けなくてはならないのだ。





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・・・・・・終了。


当時山の上にあった二本の高い煙突のうち一つと繋がっていた煙道だろうか。

しかしどうやら長い年月に負けて崩れ落ちてしまったらしい。






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煙道の横に穴があったのでそこから這い出た。

それにしても200メートルの長さを誇るトンネルはどこにあるのか。





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沢山の遺構が見つかるたびに胸が高鳴るのだが、肝心のトンネルは見つからない。

画像のこれはどうやら生活用水のためのタンクらしい。

上水島には真水の出る井戸が一つあったのだが住民全体の必要にはとても満たない。

他にも2~3箇所の井戸があるが塩分があった。

それで船で真水を運搬しこのタンクに溜める。

そして手桶に入れて社宅まで担いだそう。

真水の貯水タンクはこの島にここ一箇所だけだったらしい。





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トンネルはどこだ。

トンネルはどこさ。

トンネルはどこなんよね。

僕らはとり憑かれたようにトンネルを探すのだけどまったく見つからない。

ひょっとしてすでに埋没してしまったのかもしれない。

せめて反対側の出口付近に行ければ良いのだが、断崖絶壁の下にあり歩道は流され船がないと近付けない。



しかし、何故だろうか。

僕はこの時、信じられないくらい幸せだった。

最近でも探索中にこれほどまでに心が満たされたことはないのだけど、この時の僕はまるで探索している自分を俯瞰で眺めているような錯覚があった。

体は疲れているのだけど足は、体は前に前に進んでいく。

どんなに藪が深くても、斜面が急でも突き進んでいけるという自信があった。




あ、僕は別にクスリとかやって無いっス(・ω・)





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先にも書いたが、精錬所付近にも住宅エリアは存在していた。

おそらくここに間違いない。

開けた場所にはレンガや瓦、コンクリートの破片が無数に散乱していた。





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石臼だ。

上水島の食糧事情はどうだったのだろうか。

資料によると、魚は下津井の漁船が生きた魚を毎日持ってくる。

社宅には二軒の豆腐屋があった。

又、生活雑貨は会社の調進部で間に合ったらしい。

そしてなんとこの島には散髪屋もあった。

操業時、上水島は行政的には下津井に属していたが経済圏は児島だった。

ほどんど島から出ることもなかったらしいが、年に一度溶鉱炉を清掃する「フキオロシ」という仕事があり

その時ばかりは一週間ばかり休みになることもあった。

そんな時はひょっとしたら児島に繰り出して飲み歩くこともあったのかもしれない。





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さて、僕らはトンネルを探すのをあきらめて最初の地点に戻ってきた。

しかし僕自身としては「すべてを出し切った感」があった。

ちょっと悔しいけどね。

それにしてもこの場所に無数の工場群があったとは信じられない。

百年の歳月よ あな いみじきかな






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経営がうまくいかなかったのか大正何年かは詳しく判らないのだけど鈴木商店は鈴木鉱業水島精錬所を古河鉱業(足尾銅山を所有していた会社)に売り渡した。

そして会社名も「古河鉱業水島精錬所」となったそうだ。





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これは大正中期頃の、まだ鈴木精錬所だったころの溶鉱炉の写真。

溶鉱炉の前床から半製品の鈹(かわ)を抜こうとして、ハンマーで栓(八角鋼)を叩いているところ。

なんだかさっぱりわからんけどとにかくそういうことだ。

鉢巻きをしてハンマーを振る人や立派な服を着て帽子をかぶった紳士もいる。

おそらく写真を撮るというのでお偉いさんが「じゃ俺も写りたい」とか言い出して現場に来たってところか(勝手な推測ですけど)


溶鉱炉の前には口が末広がりになった容器を載せた手押し車のようなものが見える。

これは良く見ると手前のレールに乗っている。





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手押し車で運び出された鉱滓(精練した後に出るかす)は島の西部にあるこの場所に投棄された。

航空画像でもそこだけ黒くなっているのではっきり判る。

ちなみに仲間とここを歩いた時、天然の岩と違ってこの鉱滓にはまったく貝殻が付いていなかった。

それだけ毒性が強いってことなのか。




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当時の写真にはレールの上を手押し車を押して作業している労働者の姿が。

深夜まで操業していた時、真っ赤になった鉱滓のあかりが8キロ離れた玉島の街からも見えたんだそう。





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鉱滓捨て場を歩くと、ところどころあの容器の形のまま固まった鉱滓を見つけることができた。

ちょっとモタモタして、持ってくる途中で半分固まってしまったのだろうか。




kami51.jpg



そろそろ船が来る時間だよ。



見つけられなかったトンネルに後ろ髪ひかれつつも僕は万感の思いだった。



島のあちこちで見つけた小さな名残りを拾い集めながら、当時の不便な生活や繰り返されてきた日常を垣間見ることができたのは本当に幸せなことだといえる。



「もしタイムマシンがあれば」

そう思ったことは今までも何度もあったけど。


山の上の煙突。


学校の石垣。


願いを託した神社。


まだみんな残っていたじゃないか。


それならあの島こそがタイムマシンってことでいいんじゃないか。








さようなら上水島。




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03 19 ,2014 Edit


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