1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
04

廃れゆく部屋

皆さん、廃でお会いしましょう


"廃れゆく施設" posts

Category: スポンサー広告   Tags: ---

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 

-- -- ,-- Edit


Back to top


Category: 廃れゆく施設   Tags: ---

岸根鼻砲台跡

広島県の江田島市。

そこは戦跡マニアが決して素通りできない土地と言える (たぶん)。

今年の2月くらいだったと思うのだけど、僕は廃サイドの管理人であるかげとらさんと一緒に江田島や呉の戦跡をいくつか訪問した。

彼は日本の歴史にとても詳しく、戦争遺跡についてもその博覧強記ぶりにいつも驚かされる。

今回僕たちが最初に訪問したのが「岸根鼻砲台跡」だ。

ナビに従って来てみるとひらけたビーチに着いた。

「がんねムーンビーチ」だ。

真冬の海水浴場であったが、そこにはすでに一台別の車が停まっていた。

中には人がいるようだ。

「こんなところで何をしているのだろうか、怪しいな」と思ったけど僕らも怪しさでは負けてない。

気にせず準備し、ビーチにある建物の横の道路を登っていく。




ganne1.jpg



ネットで調べてみたところ、この岸根鼻砲台は明治31年に起工、明治33年9月に竣工された。

ロシアの侵攻に備えてこの界隈には沢山の砲台が造られたそうな。

完成当時は270ミリ砲4基、50ミリ軽砲4基、弾薬庫4個、掩蔽部2個、監視所1か所、物
揚場、木造建物があった。

しかし現在残されているのはこの半分にも満たない。

昔、公園化事業が進められていた時期があり駐車場を作るために270ミリ砲用の砲台4基の内3基を破壊してしまった。

観光客のために砲台の見どころを破壊してまで駐車場を作るところなんかは「健康のためなら死んでも構わない」っていう本末転倒ぶりを感じる。





ganne2.jpg


坂道を登って最初に見えたのがこの「岸根砲台記念館」だ。

公園整備の際に弾薬庫をリフォームしたらしい(泣)。





ganne3.jpg


この突起した石材はおそらく砲弾の積み下ろしの際に使われたのではないかと思う。

なんとなくそう思う。


ganne4.jpg


弾薬庫、いや岸根砲台記念館に入る。

よく見ると入り口付近の煉瓦は時代が違うものがある。

リフォームの時に新しい煉瓦を入れたようだ。

長い間ウェルカム状態だったらしく草まで中に入っている。



ganne5.jpg

中は悲惨なほどなにも無い。

しかし他のサイトによると数年前は兵士の写真などがあったらしい。

この記念館も含めて岸根鼻砲台は公園整備された後、放棄された。

当時沖美町が公園整備をしようと工事したのだけどその後江田島市と合併した時点から管理されなくなった。

町としては運営を続けたかったのかも知れないが、とにかく江田島市は無駄だと判断したようだ。



ganne6.jpg


「岸根砲台の歴史」と銘打った看板はほとんど字が読みとれないほど朽ちていた。

ところどころ判別できる部分もあるのだけど読む気も起きない。

ギャラリーフェイクの藤田さんに頼みましょうか。



ganne7.jpg

4つあった砲台跡もこれ一つだけというのはやはり寂しい。

他のサイトでもさんざん叩かれているこの砲台跡の公園事業化。

う~ん、利用者の「利便性や安全」と「当時のまま保存すること」の両立は難しいんじゃろうな。



ganne8.jpg


砲台跡からさらに階段を上ったところに弾薬庫と似たようなものが。

しかしあるサイトでここは兵舎だったのではと書かれていた。

確か近くにあった看板にも弾薬庫とあったが結局のところ当時の事は当時の人にしかわからんのんよねー(投げやり)。



ganne9.jpg

ところでこの砲台は造られてから一度も使われることがなかったらしい。

ロシアのバルチック艦隊は結局江田島には来んかったんじゃと。



ganne10.jpg


兵舎らしき建物からさらに階段を上る。

この先には監視所がある。



ganne11.jpg

監視所に上る途中、左手に退避壕があった。

僕が入ると腹がつっかえてしまうほど狭い。

どうやら僕は軍人には向いていないようだ(∩´∀`)∩ワーイ。




ganne12.jpg

さて監視所に着いた。

公園整備の際に階段が備え付けられたようだ。

このような明治時代の監視所は日本各地に見られるものだけど、現役時代には屋根や扉が付属していたらしい。

別のサイトで見たことがある。



ganne13.jpg


この東屋も公園整備の際に造られたものみたいだ。

ところで僕らはここである男性と出会った。

先ほど車を停めたときに、僕らよりも先に来て車の中にいた人が監視所まで上がってきたのだった。

彼のいでたちについて殆ど記憶が曖昧なのだけど確か年のころ55~60歳くらいの男性。

上下のスーツに黒っぽいコートのようなものを着ていて肩からバッグを提げていた。

一見サラリーマン風の人だが何故こんな場所に来たのかと不思議だった。

彼はバッグから高価そうなカメラを取り出したので僕は戦跡マニアだろうと思ったのだけど実際には違っていた。

彼は船舶マニアだった。

というのは他のサイトでも書かれているけど眼前の海は自衛隊に限らず色々な船舶が行き来するらしく、

この監視所跡周辺は船舶マニアの間では有名な撮影スポットだった。

その方とお話させて頂くと、もうすぐこの前の海を自衛隊の潜水艦が来るという。




ganne14.jpg

本当に来た。



ganne15.jpg

人がホラ、あの潜水艦の上のポコッって出ているところに乗っている状態で来た。

ちょっと感動してしまった、カッコいいやんけ。

例のおじさんは携帯で船舶マニアの仲間と連絡を取りながら「次は○○に何時頃通過すると思う」みたいなことを言っていた。

本当に世の中には色んなマニアがいるんだなと感心した。





ganne16.jpg


そういえば海上保安庁の船が潜水艦が通過するからというので漁船たちに「お前らどかんかい」とは言ってなかったけどかなり一生懸命伝えようとしていた。

ただし漁船たちは「知るかそんなもん、わしらぁ生活がかかっとんじゃ」とも言ってなかったけどあまり言うことを聞いていなかったように見えた。

なんにせよ事故だけはいけんよ。

さて、船舶マニアのおじさんと別れて僕ら戦跡マニアのおじさん二人も次の戦跡に向かうべく駐車場に向かった。

ぶっちゃけ当時のままの状態でもないし、公園整備としても失敗している中途半端な戦跡だった。

戦跡に行政が絡むとロクなことにならないという悪いお手本だ。

でも、これ以上言い過ぎるとこの砲台が可哀そうなのでこれくらいにしておく。









にほんブログ村 写真ブログ 廃墟・廃屋写真へ
↑クリックしてくれたら嬉しいですヽ(・∀・)ノワチョーイ♪

廃墟の場所、名称に関するいかなるお問い合わせも受け付けておりません。


コメント下さる方は↓にある「本文」という小さな文字をクリック!!

スポンサーサイト

本文: 0   Trackback: 0

07 11 ,2014 Edit


Back to top


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。