1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
12

廃れゆく部屋

皆さん、廃でお会いしましょう


In 12 2012

Category: 廃れゆく建物   Tags: ---

博士のお屋敷

家族で出かけた時、普段は通らない道で目的地に向かっていた。


小さな集落の狭い道をすり抜けていると、とても立派な蔵が目に飛び込んできた。




hakase17.jpg



風雨の浸食で土壁には大きな損傷がありなまこ壁も落ちている。

車を降りて見渡すと蔵は普通の倍くらい大きさのものが2棟。

相当なお屋敷だ。

近くを歩いていた年配の女性にお屋敷について伺うと、か細い声で「〇〇博士の家や」。

それだけ言うとさっさと行ってしまった。




その日は家族も一緒だったので用事を済ませ、家に帰ってから航空画像で改めて見てみた。



hakase18.jpg


この赤で囲んだ部分が全てこの廃屋敷の敷地だ。

かなり広い。

これは行ってみなくては。

そして女性の言った「博士」とはなんのことかハッキリさせなくては。



カメラと三脚を車に詰め込んで再訪。



hakase16.jpg


蔵があったのと反対側から撮ったもの。


hakase3.jpg


こっちが正規の入り口になる。


手前に見えるのは住居部分の建物ではなく長屋門。

肝心の母屋は長屋門が立派過ぎてこの場所からでは見えない。

この長屋門というのは武家屋敷によく見られるもので大きな門の左右に部屋を設け、そこに下女や下男を住まわせていたらしい。


まずは入口にあたる門。



hakase2.jpg



幕末に近づくと、長屋門は成功した商家や豪農などもステータスとして建てたそうな。




DSC01171.jpg


長屋門は右手の住居スペースは普通の座敷で左手が洋式だった。

大正か昭和のはじめ頃にリフォームしたのかな。

残念ながら天井の漆喰が剥がれ当時の面影はない。





hakase5.jpg




門を潜ると中庭は母屋も見えないほどの藪で、しかもほとんどがトゲのあるイバラなので母屋に近づくことは困難を極めた。




hakase20.jpg


母屋は後回しにして先に蔵へと近づいた。

今まで探索してきたなかで間違いなく一番立派な蔵だった。



hakase4.jpg




蔵にあった薬瓶を見たときここに博士が住んでいたという話を思い出し母屋へ。



hakase8.jpg


しかし母屋はかなり熟成しまくっていて半壊というところだ。

おや?

あのガラスの容器は・・・?



hakase7.jpg



望遠レンズを持っていないので少しでも判りやすいように回りを白黒にしてみた。

まるでオレンジジュースのようなものが入っているように見えるが開ける勇気はないよ。


しかし注目すべきは内容ではなくてあのガラスの容器。

普通の民家にはあのような容器はおいていない、少なくとも僕は見たことがなかった。


そういえば先ほどの蔵の前にも大きなガラスの容器が置いてあった。



hakase13.jpg



さらに何か手掛かりはないかと奥に進む。

すると・・・・



hakase9.jpg


点滴に使う古い瓶のようなものがあった。

画像には写っていないが吊り下げるための金具もあった。

ひょっとして医者だったのかなと思ったがそれにしては医学書がない。



hakase10.jpg



何が書いてあるのかは判らんけど、段々と博士が住んでいたという事実を裏付けるものが出てきた。




hakase11.jpg


これは「幾何学」についておそらく博士自身が書かれた物だ。

僕は暇にまかせて判る範囲で書き写してみた。

間違っている部分もあると思うけどそこは気にしないでね。


「幾何学は物体の形、大きさ、位置に関する学理なり。
物体は皆、形、大きさと位置とを備へて空間の一部を占めて居るものなり。
物体と空間との境界は物体の表面なり。
其表面の周囲即ち境界は線なり。
又線の端、即ち境界は点なり。
幾何学を分けて平面立体のことき平面幾何学に於ては只線と
平き表面のみを講究す。
此学は正確なる論理に基きて講究するものなるを以て推論の法に
熟せざる間は頗る困難なるべしと雖も一たび或度まで学おうせば頗る興味を覚えるべし。
幾何学に○○論理法を演繹法と言う即ち吾等の知らざる簡単明白にして争ふべからざる事柄を
基として複雑なる事柄を解釈する法なり。
幾何学に於ては常々推論法に・・・

※○は不明箇所


この文章を読むにあたっては江戸時代の変体仮名というサイトと、変体仮名を覚えようというサイトを参考にさせていただいた。


後で判ったことだけど、この博士は明治時代の生まれなので古い変体仮名と後に文部省により統一された仮名が両方混じっていて読解するのが難儀だった。

どうしても読めない個所があって、そこはもし判った人がいたら教えてクリクリ。



話をもとに戻すと、やはり博士のお屋敷だという印象が強くなっていた。


hakase12.jpg


しかし特に他に博士のことを深く知る手掛かりは見つからない。



hakase14.jpg


お屋敷には小さな子が居たらしいことと、




hakase15.jpg


相当な勉強家だったことは判る。



実はこの国語ノートには博士の実名が記されていた(加工で消したよ)


ご近所の方に伺うと、そこはやはり博士のお屋敷だったことが判った。

しかも高名な博士だった。


前述したが明治時代に生まれた博士は東京帝国大学(現:東京大学)を卒業し、戦時中は政府のある機関に所属し水質の専門家となった。

その頃に発生していた公害とその周辺で起きている病気との因果関係を長年の研究結果によって突きとめた方で、

それについては後に国会でも参考人として度々召喚されている。

その後は地元の大学で教鞭をとられた。


もちろん現在は他界されている。






僕は廃墟の良さについてアレコレ語るほどの経験をもっていはいないのだけど、外観や内装の良さとは別次元の・・・・うまく説明できないがドラマを感じることができる廃墟って素敵やなぁと思う。

知れば知るほどに惹き込まれていくのが自分でも判る。


ご近所の方いわく、「博士は本当に熱心にこのお屋敷で研究なされていた」と。


生涯一学徒としてたゆまぬ研鑽を積まれた博士にひたすら敬服しながらお屋敷をあとにした。










hakase6.jpg




水を大切にしないと博士に怒られるかも。







にほんブログ村 写真ブログ 廃墟・廃屋写真へ
↑クリックしてくれたら嬉しいですヽ(・∀・)ノワチョーイ♪

廃墟の場所、名称に関するいかなるお問い合わせも受け付けておりません。


コメント下さる方は↓にある「本文」をクリック!!





スポンサーサイト

本文: 4   Trackback: 0

12 16 ,2012 Edit


Back to top