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01

廃れゆく部屋

皆さん、廃でお会いしましょう


In 01 2020

Category: 廃れゆく施設   Tags: ---

猛者の廃医院



その土地の宿泊先で伊藤左千夫の小説「野菊の墓」を読んだ。

純文学というのは苦手なジャンルだと思い込んでいたが、正直な話泣いたね。

いやぁ泣いた泣いた( ;∀;)

ネタバレになるので内容は書けないけど、その小説は小雨の降りしきる空模様もあって

その時の僕のセンチメンタリズムに多分に影響したんスよ。

オススメです。


さて、事前に航空画像で気になっていた廃墟を実際に見てみようと思って小さな集落に辿り着いた。

その地域は見るからに過疎化が進み、建物の老朽化も住人の高齢化も明白だった。


ここはすぐバレるような場所だから、ロケーションについての解説は以上です。


目的の廃墟を一通り撮影して辺りを見ていると70歳くらいの女性が畑仕事をしていた。

「この辺に使われなくなった古い医院が無いですか?」と訊くと、その女性は指ですぐ近くの丘を指さして

「あの丘の上だよ」と教えてくれた。




yumei1.jpg


古ぼけた民家の様な建物が眼前に飛び込んできた。

廃医院の玄関に必ずと言っていい程貼り付けてある「結核予防法指定診療所」とか「国民健康保険療養取扱機関」などの

プレートが見当たらず、最初コレがソレなのか確信が持てなかった。



yumei2.jpg



玄関に入ったが、やはり民家と同じような造りで見当が違ったかなと思い一度出ようとした。




yumei3.jpg



しかし下駄箱に突っ込まれた薬瓶をみて、やはりここなのだと今度は確信に変わった。

という訳でお邪魔しまっス。



kaitei1.jpg



三畳ほどの待合室。

古びた長椅子が建物と仲良く一緒に歳をとっていた。

右手には薬渡し口、その下に医院の看板が置いてある。

「医院」ではなく「醫院」と書いているこの違いは大きい。本当に大きい。


実は写真を撮っている時には、この看板の存在に全く気が付かなかった。

写真をアップしている時に気が付いて、慌てて医院の名前を消した。

この看板の上部にもなんらかの文字がうっすらと見えるので恐らく「小児科」とか「産婦人科」とか

書いてあったのだろう。

ちゃんと見とけばよかった・・・(´Д`)

ま、再訪フラグを立てたということで。



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位置や広さを見て恐らくは診察室。

診察台や机などは無かった。

移転する時に持って行ったのかもしれない。



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というのも、後でご近所への聞き込みで判明したのだけど、お医者先生はのちに移住されている。

もともとこの土地は別の人の所有で、先生は土地を借りて開業されていたようだ。



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残念ながら崩壊しているがこの部屋が処置室、若しくは手術室だったのだと思う。

ところでこの左手に見えるスタンドライトみたいなやつはなんだろうか。

ミニバラや最近行った廃医院でも同じようなものを見た。

ずばりスタンドライトだったりして。



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セキサノールって「鎮咳剤」の1つなんだそうです。

あ、右手前にある目薬の瓶かわいいなぁ。



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屋根が抜けたり壁が落ちたりしているが、こちらは入院患者のスペースのようだ。



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今にも抜けそうな床板を恐る恐る進む。

完全に倒壊する前に発見できたことは幸運だった。



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とは言え、入院用の部屋はこんな有様で木製のベッドがかろうじて姿を見せている。




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次の部屋のベッドも先程のと同じものだ。

隅には昔のやぐら炬燵が残っている。

ちなみにやぐら炬燵って室町時代からあったとかなかったとか。



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角を曲がってさらに奥に進む。

おろ?便所のドアみたいなのがあるんじゃけど。

そういえば便所見てない・・・。



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奥には台所が。

ここで入院患者や看護師、先生の食事とか作ってたんだろうか。




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この自転車に乗って、この集落の往診に行ってたんだろうか。

自転車の錆び加減、100点満点。

少しずつ鉄が鉱石に戻っていくようだ。




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最初判らなかったけど、レントゲン室だったようだ。

いつも廃医院のレントゲン室見て思うんじゃけど、放射線ってどうなってるんじゃろ。

お存知の方もいるかと思うけど、1987年にブラジルで「ゴイアニア被曝事故」というのが起きている。

廃病院から盗まれた放射線療法用の放射線源格納容器が紆余曲折後に解体され、249名が被曝し結果4名が死亡した事故だ。

レントゲンのそれとは基本的な性質や構造が違うのかもしれんけど怖いね。



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ここは倉庫代わりに使われていた部屋のよう。

様々なものが残されている。



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廃医院では定番の天秤。



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そして薬瓶。


この医院の先生はどんな人だったのだろう。

ご近所の方に訊いてみた。






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先生はもともと腕の良い軍医だった。

田舎の小さな医院だったが、それだけに人々から頼りにされていて

どんな治療も行った。




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そして豪放な性格だったらしく、盲腸の手術がある時などはご近所に声をかけて公開手術をすることもあったとの事。

とても今では考えられない事で、聞いた時は声を出して笑ってしまった。

その話をしてくれた70代の男性が生まれた時には、もうこの医院は建っていたらしい。



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脱脂綿か何かを入れていたガラスの容器の下には、大量のカルテが。



実はこの物件を一度公開した後で、この物件が2017年にタケピン師匠が発見したものだという事が知り合いからの連絡で

判明した。

僕がツイッターをほとんど放置していた時期があって、その頃に「猛者の廃医院」として師匠がつぶやいたそうだ。

早速師匠に連絡して「猛者」の由来をお訊きしたら、案の定先生の豪快な性格からだった。

師匠が現地で聞くところによると、かなりの酒豪で患者に厳しいこともあったらしく、

時には麻酔無しで手術したこともあったそう。

以前「玉の字医院」の先生も盲腸の手術をした直後に「盲腸は病のうちに入らん、歩いて帰れ」と言い放ったとご近所から聞いた。

戦時中の先生は豪快な先生が多かったのかな。



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古い医院の魅力は、そこにある残留物の特異性もさることながら。

古い医院そのものが、まったく「この世」と「あの世」の境に建っていてその中心にまるで自分が置き去りにされているような、

そんな言いようのない世界がそこにある。







しかし、実際生きている僕はそろそろこの世に戻らなくては。



yumei24.jpg



医院を出てこの世に戻ってきた。

すぐちかくに先生が奥様と住まわれていた住居が残っている。

時間の都合で探索はしなかったが、いつかきっと。





丘に吹く風が冷たくて気持ちいい。


完全崩壊間近の医院だが、出会えたことを感謝している。


話をしてくれたお爺さん、そして医院に別れを告げて、少し離れたところに停めてある車に向った。


丘を下ると、もう医院は見えなくなった。


もうしばらくこっちの世で廃れゆく景色を探してみます。




ありがとう、さようなら猛者の廃医院。





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01 26 ,2020 Edit


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