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廃れゆく部屋

皆さん、廃でお会いしましょう


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佐波浄水場跡地



まず最初に断っておきますが今回も廃墟では無いです(´・ω・`)




先日廃サイドの管理人をされているかげとらさんから情報を頂き、福山市にある「佐波浄水場」の一般公開に行ってきた。




まずは読むのがかなり面倒でも福山市の水道の歴史をさらっと説明しておきたい。




福山の水道は今からおよそ390年前の江戸時代初期に福山城を築城した際、城下町の飲料水確保のため始まった。


芦田川から水路を経て城下町の各戸に木管や土管で配水されていたらしい。

しかし明治時代になると人口増加に伴い大量の水が必要となった。

そして木製や陶製の配管自体の老朽化などにより水が汚染され、伝染病などの深刻な問題を引き起こした。

往来の水道ではなく「近代水道」が必要となったが上水道布設の財源である国庫補助を獲得するためには福山が「福山市」とならなければならず(当時は福山町だった)大正5年7月1日に福山の市制施行と共に近代水道の建設に着手した。



そこで福山市佐波町城山に誕生したのがこの佐波浄水場だ。










saba1.jpg

この一般公開の午後の部に参加された方は約20人ほど。



職員さんたちが丁寧に説明をしてくれた。




saba2.jpg

この佐波浄水場が稼働し始めたのは大正14年(1925年)。

俺のじいちゃんが生まれたばかりの頃だ。

熊野町渓谷にあった貯水池を水源として自然流下により佐波町城山の浄水場に送られ、その後福山市内へと給水された。




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職員さんの説明によるとこの穴は換気孔だそう。

詳しいことはよく解らないけど水は空気と触れることで酸化し、そのおかげで菌から守られるらしい。

勉強になる。




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配水池の入り口上部には「不舎晝夜(ふしゃちゅうや)」の記念額が掲げられている。

これは初代福山市長であった阿武信一市長直筆の書を大理石に彫ったもので、

断水がないことを意味するとともに、建設の苦労、喜び、福山の永遠の発展と市民の幸福への思いが込められているのだそう。

この市長は後に「水道市長」と呼ばれるようになったという。



さて中に入る。





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一般公開なのだが暗くて奥は危険とのことから入口付近までしか入れなかった。

少しヒンヤリとした空気、外界から遮断された静けさがあった。

左右にそれぞれ一つずつ配水池があり、一つの大きさは幅15.2m、長さ27.3m、深さ3.8mとなる。

濾過された浄水をここで一時的に貯留していたのだが、当時約8時間分の浄水を貯えることができたそう。







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また配水池の上部は土で覆われ芝生を張ることで寒暑による水の冷熱を避けるとともに、浄水への外的汚染も防いだ。
マジで昔の人の知恵ってハンパないっスね。




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この門も当時に造られた物だが、劣化したせいなのか肝心な戸は撤去さている。




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比較的新しく見えるのは手入れが行き届いているからだろう。





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この階段も当時のものらしい。


シンプルなデザインだけど好きやなぁ。





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さて、配水池から一段高い所にあるのが「浄水井上屋(じょうすいせいうわや)」だ。

窓や戸は新しくされているのだけど一応デザインは元のものに忠実に復元されているらしい。

そういうこだわりはとても嬉しい、上から目線で申し訳ないが担当者には惜しみない拍手を送りたい。

ちなみに手前左手には連なった石が見えるがそれが濾過池の「笠石」で当時は水が張られていた。





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中は思った通り狭い。

水位を調整するための弁がいくつかある。




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浄水井というくらいで「井戸」な訳だがもちろんすでに水はなかった。

濾過池で濾過された水はこの井戸を通って配水池に送られていた。




saba13.jpg

浄水井上屋から配水池を見下ろす。

今回この浄水場が一般公開されたのはいくつか理由がある。

それはこの配水池、浄水井上屋、浄水場門が国の登録有形文化財に指定されることになったからだ。




saba14.jpg

さらにこの場所は桜の名所として公園整備され市民の憩いの場所となるのだそう。

濾過池に使われていた笠石は一度撤去されたがこうして公園整備に再利用されることとなり新たな使命が与えられた。

こんな石一枚でも意味が与えられ残されることが僕にとっては嬉しい。








saba15.jpg


色んな意見があるのだろうけど、文化財になったのならそれはそれで僕は満足だし撮りますよ。

ただ、維持することが大変。

でもなんか税金納めるのも前向きになったぜ(単純だなぁ僕は)



最後に1970年代の浄水場の航空画像と現在を比較してみましょう。

(1970年代)
jousuidoudesugane.jpg

まだ濾過池には水が見えるし職員用の建物もみえる。


(現在)
jousuidouda.jpg

建物は消え笠石や配水池が見えるが濾過池には水が張られていないことが判る。





僕は日本の土木工事の歴史はまさに治水と水道の歴史だと言っても良いんじゃないかと思う。


水道の蛇口をひねれば水がでるという当たり前の事実は、先人たちの試行錯誤と苦労、自然の恩恵なんだと気付かされた。


そして暑いなか説明して下さった職員の方々に感謝をしつつこのレポを終えます。









※今回は佐波浄水場跡の一般公開に時に配布された「登録有形文化財(佐波浄水場跡地)について」という資料をもとにテキストを作成しました。
知ったかぶりの本文のほとんど全部がこの資料からの抜粋です。



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08 18 ,2013 Edit


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