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廃れゆく部屋

皆さん、廃でお会いしましょう


Category: 廃れゆく施設   Tags: ---

明神保育所


お久しぶりです。

もし初めてでしたら初めまして。

丸二年くらい放置しておりましたが、重い腰をあげることにいたしました。

あまりうまく説明できませんが、人生というのは色々あるものですね。



さて、ある時グーグルマップで廃校らしき建物を見つけてからずっと気になっていた。

僕は現地で食べられるように、朝ご飯とお昼ご飯のお弁当を作って女子力高いところを見せつつその物件を訪問した。


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木造モルタルで後でご近所に伺うと昭和20年代後半の建物だそうだ。

左に見える鳥居から分かるように、この物件は神社の敷地内に建てられている。

ビッグヒントだ。

行きたい人がいるかどうかは知らんけど。


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かなり熟成されている。

崩壊はもう間近といったところか。

手前に見える石で出来た円はもともと砂場だろうか。



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ブルーシートで雨漏りを防ごうとしたことがわかる。

ここが正面玄関だったところだけど、入れそうにない。



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でも給食室らしき建物のドアが365日24時間対応しているので大丈夫だ。


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おお・・・やはり小学校であったか、と嬉々として撮影を続けた。

この木造校舎特有の廊下の雰囲気が大好きだ。



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先ほどの崩壊していた正面玄関の内側にいる。

下駄箱が見える。

廊下には屋根の土葺きの土が瓦ごと落ちてきている。



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その先には講堂があった。




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早朝なので、朝日が講堂のガラス窓を通して斜めに差し込む。



タイトルでネタバレしているのでもう解説にはいるのだけど・・・。

探索した後でご近所の方々にいつも通りの聞き込みをした。

すると、ここは小学校ではなく保育所だったんだそうな。

最初に小学校として建てられてその後保育所になったのかと思ったが、最初から保育所として建てられたらしい。

それは齢80歳の山田富三郎さん(仮名)と齢75歳の田口海山さん(仮名)二名から証言をとったので間違いない。

このお二人は物件が建てられた頃のことを憶えていた。

明治時期のことはともかく、大正の初期のころにはすでに小学校は別の場所に建てられている。




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今からおよそ30年以上前に保育所は別の場所に移り、神社が社務所兼倉庫、そして子ども部屋として使っていたようだ。

講堂には、長い間担がれた形跡のない神輿が。



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穴の開いた廊下をさらに進む。



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突き当りの左手には保育所の職員室だったらしき部屋が。

この部屋も屋根が朽ちている。




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教室はまるで普通の小学校だ。

ただ、たしかに黒板の高さが若干低いように思える。

僕は今まで数えるほどしか保育所や幼稚園の廃墟にいったことがないのだけど、間違いなく今までで一番古い。




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壁が崩れ屋根は落ち、床は抜けている。

今更だけど、「廃墟」だ。



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こういうのが見たかった。

前にも同じことを言ったかもしれないけど、「廃墟」に来るとそう思う。







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惜しむらくは残留物だ。

保育所のあと長い間別の用途で使われたのでね。



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でもまぁ、こういうところから保育所だった時の形跡を探すのも楽しみの一つ。




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しかし言われんかったら本当に小学校と間違えたままだっただろう。

聞き込みって大切な。





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トイレの前の床は今にも抜けそうで断念した。



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各教室を見ながら廊下を戻る。

本当にあと一年もつかどうかという朽ち具合。




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屋根の痛みは広範囲で、雨天時の雨漏りは相当激しいと思う。



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雨漏りしない教室はないようだ。

いくつかの教室には畳が敷かれている。

神社から持ち込まれたものだろうか。




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保育所時代のポスターのようだ。

この保育所は全部で3つの教室があったようだ。

おそらくは年少組、年中組、年長組だろうと思う。




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いかにも後付けの火災報知器。

右上のガラスに「なおき」と書いてある。

なおきが小学生の頃の秘密基地だったのか。

お邪魔してます。



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スゲェ懐かしいBOOWYのカレンダーが。

布袋さんが若い。個人的には山下久美子さんと別れてほしくなかった。

そんなことを思いながらポスターの写真を撮る。




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僕が「長女の部屋」と名付けた教室には私物が山のように置いてあった。





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壁のポスターは聖子ちゃんとトシちゃん。

以前も他の記事で書いたけど、僕はマッチ派じゃなくてトシちゃん派です。

最近再ブレイクしたのでうれしい。



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この部屋の用途が最後まで分からなかった。

たぶん位置から言って、給食のおばちゃんの休憩室だと思うが確信はない。





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トロイマーコックさんのソフビ人形が。

昔このコックさんの絵描き歌が流行ったことがあった。

僕より一回り上の世代での話だけど、私の子どもの頃にも歌われていた。

僕の妻はソラで歌える。





木造の廃墟にどっぷり浸かって探索したのは本当に久しぶりだ。

埃と湿った木の匂い、薄暗さ、外界と遮断された無音の空間をひたすら堪能した。

何より70年以上前に建てられ経年劣化した廃墟の中を歩いている時に感じる、

あの千言万語を費やしても表現し得ない感覚。


僕も廃墟もいつかは必ず消えてなくなるから

出会えてよかった。


ありがとう、明神保育所。




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廃墟の場所、名称に関するいかなるお問い合わせも受け付けておりません。


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01 08 ,2018 Edit


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Comments

Re: お久しぶりです
>ひよこさん

恥ずかしながら帰ってまいりました。
待っていて下さってありがとうございます。
少しずつですが廃墟だけでなく、アンティークなどのジャンルもアップ出来たらと思います。
寒い日が続きますが、ひよこさんもお身体にお気をつけて。




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Re: タイトルなし

>尾道市情報探索人 さま
コメントありがとうございます。
写真を撮ることも記事をアップすることも好きですが、やはり新規物件を見つけるのは楽しいです。
これからも細々とやっていきます。
火葬場とはまた独特なジャンルですね(^^)
新規の廃墟物件情報しっかり拝見させていただきました。
探せば、まだまだ未探索の廃墟が存在していると思われます。
さすが~くまお殿。
これからも、くまお殿のブログ更新楽しみにしております。
私は火葬場探索が主ですが。

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